プロパガンダを見破る方法 (上級編: プーチンはそこまで悪くない?)

ロシアのウクライナ進攻が始まってしまいました。 最近Facebookでウクライナ関連のある2つの投稿を見ましたが、主張的におよそ真逆の話でした。在日ウクライナ人の方の投稿と、元註ウクライナ大使の馬渕睦夫という方の動画をシェアした投稿です。

この馬渕睦夫という方はアメリカ大統領選挙についても語っておられ、そちらは分かり易いプロパガンダだったので、見破る方法の初級編として投稿しています。

元註ウクライナ大使の馬渕睦夫氏のプロパガンダ

この方がどういう方かを理解する上でも、お役に立てると思います。

上記アメリカ大統領選挙については自分が在米歴20年以上というだけでなく、これまでアメリカの政治についてかなりの時間を入れて、分析と検証を重ねて来た為、事前知識が膨大にあり初級編としました。

今回のは私にとっての上級編です。私自身がウクライナについてほぼ無知な状態で、前提知識もほぼゼロだったからです。少なくともウクライナに関しては、この元註ウクライナ大使の馬渕睦夫氏の方が、私なんかよりは余程お詳しい筈で、そういう方の発言がプロパガンダか否かを見破るのは、容易ではありません。ですが方法が全く無いわけでもないので、私が実際に試した手法をご紹介します。

ウクライナとロシアに関する馬渕氏の個々の発言は後で触れますが、要は「今のプーチン叩きは、西側資本主義メディアによるプロパガンダで理不尽に悪者にされているのが原因だ」という様な主張と捉えました。

メディアバイアスを逆利用

メディアには必ずバイアスがあるのはその通りで、私達が普段触れている様な資本主義メディアから得られる話だけでは、中々見えて来ない事があるのも事実です。

その点は馬渕氏の指摘にも素直に同意できたので、ウクライナについて理解する上であえて、社会主義メディア(Jacobin)の記事から情報収集を試みました。それはつまり資本主義メディアのバイアスを外した視点で、恐らくより馬渕氏の主張とも被って来るだろうという想定をした上で、という事です。

Jacobinの記事の一例

更には両側からの書き込みが可能で、比較的に否定出来ない事実が情報として残る可能性が高いwikiも併せて、情報を整理してみました。

正直なところ頭痛くなるくらい複雑だったので簡便化していること、自分の理解もまだ危ういであろうことは予めご了承ください。

社会主義メディアから情報を読み取る

とりわけ複雑なのが3代前のヤヌコビッチ元大統領。彼はその前の選挙で勝利するも選挙不正がバレて一度敗退し、その次の選挙で再出馬し、前政権の失政から漁夫の利により当選した人との事です。

元々歴代親露政権のウクライナでは彼も例外でなく、ロシア語を公用語にする、NATO拒否など規定路線で、ロシアの安価な天然ガスに依存する事情もあり、ガスの割引と引き換えにロシアにクリミアを基地として使用させる契約を締結。

その一方で経済対策として欧州連合加盟に向けてEUとの自由貿易協定を推進するも、プーチンがそれを阻止すべく圧力を掛け、飴玉も用意して結局EU協定に反対させます。その矛盾した動きが、元々ウクライナの腐敗した歴代の権威主義的大統領達に不満をもっていた、親EUの抗議者たちの怒りを買い、デモが勃発して最終的に失脚。

この親露派大統領失脚でロシアの猛反発を招き、クリミア併合やドンバス紛争に繋がり、現在の戦争に繋がっているのが外枠のストーリーです。

政権を失脚させた反乱に極右組織と一時的に手を組んだことで、ネオナチの権力が拡大して警察組織までも主導する様になり、排外主義的な弾圧や虐殺に繋がった。これが一応「ウクライナはネオナチで虐待から解放する」的プーチンの主張する大義のベースという理解です。

またアメリカはこの親EU派と親露派との分断を利用し、マケインなどを送り最終的に親欧米政権の擁立に関与。もっと言えばCIAが武器供与や反乱作成プログラムで、ネオナチ(アゾフ)などを訓練した可能性が高い。

中東や南米でのアメリカ/ロシアによる傀儡政権擁立パターンの再現で、ウクライナはオリガルヒ(新興財閥)が主流の政治を支配し、主要なテレビチャンネルを所有しており、準軍組織のウエイトも高く、ラテンアメリカやサハラ以南のアフリカのような状況とのこと。

ざっくり情報を整理

ウクライナ政権は財閥に牛耳られつつ、ある時期まではロシア、近年はアメリカの傀儡政権で統治され、この2国に国内を分断されむちゃくちゃにされた国、という話に見えます。

社会主義メディアの良い部分は、「現在はアメリカの傀儡政権で、以前の分断からもアメリカのネオコンやCIAが暗躍していた。」という可能性の話が聞けた事です。これは流石に資本主義メディアからは恐らく出てこないストーリーです。

またwikiを眺めれば、やはりウクライナはロシアとかなり複雑かつ緊密な関係である事、良くも悪くもロシアに相当な影響を受ける立場に置かれている事が分かります。

馬渕氏発言と被る内容

大枠ではかなり近い話をされている事が分かりました。ただ馬渕氏は執拗にディープステート(DS)(というアメリカ発の陰謀説)の正体である、グローバリストのユダヤロビーが世界を掌握しているという話をされており、うーむという感じですが、どうしてもオリガルヒ(新興財閥)をDSと呼びたければ、そこも一応被る部分といえます。

DSについては、「プロパガンダを見破る方法 (中級編:ディープステート)」を参照

馬渕氏発言のみの内容

「東ウクライナでね、ロシア人を虐殺してるっていうのが、ウクライナ危機の真実なんですよ。」

この話は社会主義メディア(Jacobin)からも出て来ません。

補足:

これについての真偽を自分は検証していませんが(後述のアップデートも参照)、古谷経衡という方が検証されたという記事も見つけたので、ご参考までに。

「彼らがロシア人を虐殺したという事実は立証されていない。OSCEが立ち会って、虐殺と認定した事実もない。」

この方の記事で、馬渕氏の問題の動画についても詳しく解説もされています。

古谷経衡氏の記事はこちら


「プーチンの対応を見ると、常にウクライナの問題から距離を置こう、距離を置こうとそういう対応ですよね。」

この話も社会主義メディア(Jacobin)からは出て来ません。

補足:

DSに挑発されて追い詰められて仕方なく侵攻したかの様に、プーチンはまるである種の犠牲者的な論調となっており、これについての真偽も精査はしていません。ただ少なくとも独立国家であるはずのウクライナの立場は度返しで、極論すればウクライナはロシアの属国で、これまで通り親露(傀儡)政権であることが当然あるべき姿、というスタンスで話されている様に感じました。

馬渕氏発言に無い内容

ロシア政府報道官はドンバスへのロシア介入のあらゆる報道を否定したが、戦争勃発前のドンバスでは分離主義への支持が限定的であり、現地の武装蜂起を支持する証拠はほとんどなかった。そのためウクライナによる紛争の即時解決を妨げていたのは、ロシアの介入だけだったとされている。

「現地民」は40-45%に過ぎなかった。膨大な量の軍事装備と軍部隊がロシアからドネツィク州南部(それまでウクライナ政府が支配していた地域)へと越境。

ウクライナ政府によると、2014年夏の紛争最盛期にはロシアの準軍事組織が戦闘員の15-80%を占めていたと報告された。

ロシアによる傀儡政権時代への言及。

ロシア政府を批判するジャーナリストや政治家が何人も暗殺。最近も政敵の毒殺未遂が発生。ロシア情報公開擁護財団によると、ロシアでは1999年から2006年までだけでも、128人のジャーナリストが死亡・もしくは行方不明。

プロパガンダ検証

事実確認の真偽を精査するのは、知識的にも時間的にも難しいため、可能性ベースでお話ししているという前置きをした上で。

今回のケースでは馬渕氏の発言のみの内容と、発言には出てこなかった内容が鍵だと思います。

かなりの高確率で私が確信に限りなく近いのは、ロシアによる傀儡政権時代が長かった事と、ドンバス地方の戦闘員は実質ロシア軍に近い事です。

つまりそこから導き出せるウクライナ危機の本質というか核心は、結局のところアメリカとロシアによる支配からの独立戦争という事です。(厳密にはアメリカ寄りにシフトしただけですが、)その理解が正しければ悪者はアメリカとロシアであり、そういう論調であれば馬渕氏の話にも同調できたかもしれません。

プーチンの掲げた戦争の大義のベース「東ウクライナでロシア人を虐殺してる説」について、偽情報という可能性も十分ありそうですが、私からすれば正直そこはあまり重要に思っていません。

ネオナチが警察中枢に食い込んでいるなら、排外主義も進み人権保護がプライオリティには無い組織であろう事は普通に予想できますし、そもそもウクライナ軍とロシア軍とも戦争ですから、虐殺があっても何の不思議もありません。

ただし民間人が犠牲になることを虐殺と呼ぶのなら、今の侵略戦争下で民間人を犠牲にしていればそれも立派に虐殺なので、そもそもプーチンの大義が成立していません。色んな命、家、仕事、生活、社会など、人々がこれまで積み上げた人生を全て有無も言わさず失わせる行為を、一体どうやって正当化できるのでしょう。

しかも関係のない首都を攻撃したりトップ暗殺を企てている時点で、プーチンは政権転覆が目的なのは自明であり、逆に矛盾しまくっている大義をただ無理矢理バックするような言及や、唯一の悪はDSでロシアは煽られた被害者的スタンスでの偏向した発言に終始されており、とても中立的視点とは言い難く、普通にロシアと中国サイドのプロパガンダという印象です。

またネオナチと警察が近い関係性だからウクライナ政権は悪の巣窟みたいな論調にも感じましたが、アメリカ在住の身からするとかなり幼稚な印象操作に感じます。アメリカの警察官でKKKやネオナチのメンバーがどれくらい居るのか、きっとご存知ないのでしょう。ソーシャルメディアでの行動分析から一説には5人に1人が白人至上主義者という分析もあり、実際かなりの数だとも言われていますが、別にそれが警察組織やアメリカという国を代表しているわけでもなく、奴らはどこにでも居るというだけの話です。

西側資本主義メディアのバイアスについての指摘はごもっともだと思いますが、結局はご自身もイチゼロで善悪を白黒付けるような論調で単に善悪を入れ替えただけの話であれば、それもプロパガンダの可能性が高い。プロパガンダの見破り方の初級編でご紹介したように「情報」以外の発言部分に着目すると、印象操作もかなり含まれていそうなことが分かると思います。

最後に

私は侵略戦争に断固反対します。ウクライナ国民は間違えなく犠牲者で、同情しかありません。

政権も恐らく日本と同じく、ある程度大国にコントロールされる運命でしょう。それでも独立国家というスタンスを国民が望むのであれば、不正ではない選挙で選出されたトップの判断を民意として他国も尊重すべきです。

なので今回のケースでは例えアメリカの傀儡政権であっても、例えロシアがそれを気に入らなくとも、武力支配をする行為は侵略戦争そのものであり、絶対に認められるべきではない。そして見え透いた口実でも付ければ他国を簡単に実効支配できるという、悪しき前例を今の時代で絶対に作らせてはならない。それが私の見解です。

アップデート: ジェノサイド検証

プーチンの掲げた戦争の大義のベース「東ウクライナでロシア人を虐殺してる説」については、前述の通り戦争なので両軍で虐殺(ジェノサイド)があっても何の不思議もないこと、及び既に大量の民間人犠牲者を生んでおり、大義そのものが成立していないことから重要とは思っていませんが、Facebook上ではどうしてもそれをネタに、ロシアの侵略を正当化するような言説も多数目にしました。

国連のレポートで、”8年間もの間、少なくとも13,000人以上のロシア系住民を虐殺”というジェノサイドを証明したものもあるぞと、元気に根拠として挙げる人達もいました。

「Report on the human rights situation in Ukraine 16 February to 15 May 2016 」

53ページもある英語のレポートですので、全ページを真面目に精査する元気はありませんが、サマリーをざっと確認した限り、そんな事はどこにも書かれていませんでした。そもそも8年間とはドンバス紛争の全期間であり、このレポートのタイトルが2016年でのある時点でのものなので、話が一致するはずもないと一瞬で分かる話です。”これがウクライナ政府によるジェノサイドの根拠だ”と主張する人が、如何にソースを一切検証もしていないかがよく分かります。

因みにこのレポートから分かることは、例えば2014年4月中旬以降で、最大2,000人の民間人が殺害されたとあります。それは主に人口密集地域への無差別砲撃の結果で、どちら側の被害かを特定した話ではありません。また様々な人権侵害の報告もあります。

更に特筆すべきことは、このレポートはあくまでもロシア支配地域の調査は含まれていないことです。理由は国連の立ち入り自体を、許可されていなかったからでした。つまりロシア支配地域側で、更にどれだけ不都合な人権侵害が横行していたのか容易に想像できます。

また一応、国連(OHCHR)のレポートも見つけました。期間の違いで既出の数値とは多少変化していますが、恐らくこれが元ネタでしょう。

ウクライナにおける紛争関連の民間人死傷者(期間:4/14/2014~12/31/2021)

このレポートによると、ウクライナにおける紛争関連の死傷者の総数を51,000〜54,0008人と推定。

14,200〜14,400人が死亡(少なくとも3,404人の民間人、推定4,400人のウクライナ軍、推定6,500人の武装グループのメンバー)

37,000〜39,000人の負傷者(7,000〜9,000人の民間人、13,800〜14,200人のウクライナ軍、15,800〜16,200人の武装グループのメンバー)

要するに紛争全体で軍人も含めて亡くなった方の総数を、”アゾフを含むウクライナ側が全て行った残虐行為の数”として、強引に読み替えていたように見えます。これで”8年間もの間、少なくとも13,000人以上のロシア系住民を虐殺”というジェノサイドネタが、偽/誤情報であるのは、証明できたかと思います。

また実際にクリミアやドンバス地方における英国内務省のレポートを日本政府が仮訳したものもあり、そこには逆にクリミアにおけるロシア人以外の住民に対する差別や人権侵害報告にも触れられています。

英国内務省のレポート(クリミア、ドネツク、ルハンスク)

ウクライナ人権報告書 2016 年版

やはり自分が最初に予想したとおり、紛争地なので治安の悪化に伴い、両側で深刻な人権侵害があったと考えられますが、国連レポートがウクライナ政府(軍)による一方的な大量虐殺の根拠には一切になっていないと明言できます。

なおドンバス地方のロシア支配地域側の住人が、ウクライナ政府に対して「自国政府が数々の殺戮と虐殺を行った」と糾弾しているような動画もいくつか見ました。その方達の目線からすれば、独立したと自分達が考えている地域へウクライナ軍が攻撃してくるので、当然そういう表現にもなると思います。そして国連レポートにあった(ウクライナ支配の)人口密集地域への無差別砲撃による最大2,000人の民間人を殺害の話は、むしろロシア支配側からの砲撃と考える方が自然でしょう。

特に最近になって、ドキュメンタリーと称してその手の動画も色々出回っていますが、例えば2015年に潜入したとの事なのに、なぜか今のタイミングになってから初めてリリースされているものや、色んな言語の字幕が用意周到に準備されているなど、逆にかなり不審な点もあります。

その類のものは、部分的には恐らく事実を述べていると予想しますが、例えばロシア支配地域の住民がウクライナ軍からの攻撃を非難している=ウクライナのジェノサイドだ、というような単純構造で語れないことは既に述べた通りで、ウクライナ支配地域の住民からすれば、当然真逆の見解になり得ます。

なのでそういう一面的な側面だけをフォーカスして、全体的に導きたい主張へミスリードさせる、印象操作を意図したプロパガンダ動画の一環として観るべきものが、今は特に散乱していると思われ、本当に注意が必要だと感じています。

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