あるお断りをしたお話
ある日本の企業様から、「アメリカ人向けに新しく開発したヘアケア商品を米市場で販売したい」という新規案件のお問合せをいただきました。既にECサイトも出来上がっていて、要は広告宣伝のサポートをして欲しいというのが、当初の依頼検討内容でした。
新規案件のうち、自社で英語のWebサイトまでは制作済みで、広告宣伝のみを依頼されてくるパターンも割と多いのですが、その場合、英語がネイティブのマーケッターがWebサイトを見た瞬間に、広告を打つ価値すら全く感じられないと即断できる程に、実はスタンダードから大きく外れた、恥ずかしいサイトになっているケースが殆どです。これまでの経験では、95%くらいは正にそういう感じでした。
ところがこの案件は、ECサイトの品質的には、そのまま広告集客をトライする価値があると判断でき、日系企業様が自力で到達できるレベルとして考えると、とても優秀と言えるものでした。メインビジュアルは、アメリカ人のモデルとカメラマンを雇い、トレンドも理解した撮影をされており、商材写真は、日本のプロのカメラマンによるものとのことでした。英語のライティングもアメリカ人のご友人に依頼し、レビューを増やすために色々と尽力されている最中でのお問合せでした。
実際に初回MTGで話されていることも的を射ていた為、とても可能性を感じてProposalではかなり突っ込んだものを作成しました。ただ2回目のMTGでは、残念ながら北米進出にあまりお勧めしない、これまで多く目にしてきた成功させ難い日系企業様の傾向が、かなり目立ちました。
そしてその後のやりとりから、この案件はもはや依頼されてもお請け出来ない旨を、先方に伝えました。
先方への回答
以下はお断りの際に、先方へお伝えした内容です。
スタート地点としては殆どの日系企業様よりは優秀で、追加で講じられている手立ての多くも正しい事をされているが、それは日系企業だから言えることであり、米系やグローバル企業ならば、この市場では極めて当たり前かつ簡単に成しえている事に過ぎない。
北米市場で戦うには、市場やスタンダードの理解は当然の事、商品力、マーケティング力、ブランディング戦略が必須となるが、その中でも我々のコントロール外なのが商品力。
サンプル品をアメリカ人スタッフに試してもらった結果は、色々な観点からかなり低評価であり、使用不満足度もさることながら、例えばパッケージの記載内容や商品の注意書きが、こちらのスタンダードから如何に外れているかを指摘しても、その深刻さが伝わっていない様に感じた。
市場を正しく分析し、適切なターゲット層を見つけ出してピンポイントで狙う分には、まだ成功する見込みもあるかもしれないが、安易な戦略やターゲット選定で進めると、仮にマーケティング力を駆使して購入させた所で、まずリピートはしない。しかしこのビジネスでリピート率は死活問題なので、正に致命的となる上、悪いレビューが増えていくのも容易に想像出来る。
自身の考えた戦略やアイデアに惚れ込んでしまい、それが軽く通用すると甘く考えられているケースをこれまで何度も見て来たが、世界最高難度の北米市場はそんなに甘くはない。この市場で知るべき事や気付けていない事などを、我々のアドバイスに従い、正しく吸収されれば、問題の本質的解決も望めるかもしれない。しかし、市場と真摯に向き合う事もせず、プロからの指摘やアドバイスを求めつつも、都合よく自身の考えに合う部分にしか耳を傾けない様な姿勢だと、どれだけ真面目に取り組んでも徒労に終わるだけなので、こちらとしてはそういう案件を極力避けている。
もう1つ我々のコントロール外なのが、窓口となる担当者様。
「日系の広告代理店に居た友人にも手伝って貰って〜」とか、「日系フリー誌へ広告を〜」という発言や、北米のメインストリームを目指すという当初の話が、単に容易さからか日系ニッチ市場を狙うという拡張性ゼロの発想、さらには提供したProposalとMTG説明では社内を説得するのにまだ足りないとのこと。これらのことから案件意義に疑問を持たざるを得ず、これ以上は時間の無駄にしか感じられなくなった。
どんな案件でも、柔軟な理解力/認識力をお持ちで意思決定が出来、お互い腹を割って本音でやり取りできる関係を築ける相手ならば成功する見込みはあるが、必要なことを伝えようとしても十分に受け入れてもらえないようでは、成功確率は相応に下がり、我々のモチベーションもまた然り。
我々も日系とはいえ、米市場でマーケティングを実践しているのは皆アメリカ人だから成立している話であり、他の日系広告代理店さんの殆どはそうではないことも、残念な仕事のレベルもよく知っている。またクライアントが米系市場で腹を据えてやって行く覚悟もなく、日系市場や日本人のスタッフ、関係者など安易なことを真っ先に考える様では、大した成果もまずあげられないことも分かっている。
我々の20年以上の経験から、関わるべきではないと察知できる注意フラグがいくつも立っていた上で、そもそも他の選択肢もあり得るという認識をされていることも含め、本案件を請けるべきではないと判断するのに十分だった。
選考プロセスはお互いにあるもの
お断りの連絡をしたところ、担当者様から、これまでのやり取りがご本人的には説得されるのに十分過ぎるものだったが、社内向けに更に追加の資料が必要と考えただけで、こういう反応を貰って驚いているという主旨の返信をいただきました。大手企業様であれば、まだ社内稟議が諸々必要なケースも理解はできます(こちらとしてはそれでも十分過ぎるものを提出していたとは思いますが)。しかし先方はそこまでの規模ではなく、別の問題があるのも何となく透けて見えました。
正直なところ案件の将来性や利益性が特に魅力的なものでなければ、我々にとって必要性もない一方で、仮に米市場で本当に戦いたければ、日系広告代理店ではおそらく選択肢はほぼ限られるという現実からも、「選ばれる側はどちらか?」という本質的立場の認識から、大きくズレがあったように思います。
勿論先方は、我々が年間にどれだけの数のお問合せをいただき、そこからどれだけ案件を厳選しているかなど、知る由もないでしょう。もしかしたら10年前なら、この段階ではお断りしていなかったかもしれません。
ともかく「ビジネス上で相手を選ぶ」という選考プロセスは、お互いに存在しているという認識が、先方に欠けていたのは明白でした。
誤解のないよう補足しますが、我々は相手の規模で案件を選んでいるわけではありません。相手の誠実さや真剣さが感じられる限り、例え請ける可能性が低いと思われる案件でも、できるだけ門前払いにはせず、お話を伺うことを心掛けています。
但しMTGをしたから必ずProposalを提出するわけでもなく、Proposalを提出したからといって必ずしも仕事を請けるとは限らない、ということです。我々も長年の経験から、相手と関わるべきか否か?をかなりドライに判断するようになっています。