ウクライナのIT軍の奮闘

NPR(日本で言う所のNHKの様な存在のメディア)が、今のウクライナ戦争について、とても興味深い記事を出していました。

なお戦争当事者国である、アメリカ、ロシア、ウクライナ発信のニュースで、プロパガンダ要素が入っていないものなど1つも無い、と考えるのが賢明である事は、最初に但し書きしておきます。

因みに「プロパガンダ」の意味を誤解されている方も結構見かけますが、厳密には「プロパガンダ」≠「偽情報」です。日本語で言うところの「印象操作」が一番近いかもしれません。「(正しい)情報」と「偽情報」、「誤情報」も混ぜながら、意図した主張で共感を得るよう誘導したり、洗脳を試みたりする手法です。

なのでプロパガンダの中から「情報」だけを抜き出す事で、一応のメディアリテラシーを保つ事も可能です。用語については、こちらで補足もしています。

「洗脳 VSメディア・リテラシー①」

記事はラジオホストが、Time誌のVera Bergengruen氏へ行ったインタビューを、文字に起こしたものでした。

Vera Bergengruen氏は、オンラインの偽情報と国家安全保障に取り組む、Time誌のワシントン支局の調査特派員で、これまでロシアの侵略に抵抗するためにデジタル戦争を繰り広げた、ウクライナの成功についてレポートされてきたようです。

膨大な量のテキストだったので、面白いと思った部分を中心にざっくり要約してみましたが、概略としては、ゼレンスキー氏の大統領選挙で成功を収めた、デジタル通信社を以前に運営していた、31歳のデジタル変革大臣ミハイロ・フェドロフ氏が中心となり、募ったウクライナ市民によるIT部隊が、ロシアの偽情報戦略を鈍らせ、国際的な支援を活性化させているという話でした。

31歳のデジタル大臣?

フェドロフ氏についてのWiki記述の抜粋:

2019年からウクライナ第一副首相兼、デジタル改革担当大臣を務めているビジネスマン。就任後、2024年までにデジタル状態を構築し、公共サービスの100%をオンラインにする、という目標を設定。例えばウクライナは、デジタル・パスポートによりアナログな紙の文書を巣立ちできる世界で最初の国。

無料のデジタル・リテラシーコースを開設。目的は3年間で、ウクライナ人にデジタル・リテラシーを教えること。

3年間以内に、ウクライナ全土の95%にインターネットを提供、1年以内に、数百万の都市であろうと、小さな村であろうと、ウクライナ全体が同じ近代的なインターネットを利用可能にする目標を掲げ、実際に人口2,000人の居住地、地方、高速道路などの全国に4G回線を導入。

このフェドロフ氏のデジタル省が、オンラインで戦争を戦うための完全に新しい方法を編み出したというのです。

デジタルマーケティングを駆使

彼らはロシアの偽情報キャンペーンを弱体化させるために、何千人もの市民ボランティアを募集し、国際的な支援を強化し、ロシアでのサービスをブロックするようにハイテク大手企業の協力も獲得。更にゼレンスキー大統領とのソーシャルメディアキャンペーン動画は、ウクライナ人の士気を統一して高めた。

すべての戦争内容がしばしばプロパガンダであり、人々はヒロイズムの物語をたくさん見てきたが、今回もそういった側面以外に、たくさんのリアルな話もあり、それらが人々を活気付けるメッセージになっていた。

勿論、ゼレンスキー氏のバックグランドが俳優とコメディアンであったことも、功を奏したし、亡命もせずキーウに留まり、スマホのセルフィーモードで街を歩き回ったり、世界の指導者や議会へ向けて、あえてスーツではなくTシャツで訴えかけたメッセージ動画は、状況の悲惨さを効果的に訴求した。

ウクライナ政府は、事実であるすべての情報が確実に世界に発信されるようにする必要があり、ウクライナ人はあまり利用者が少ないながら、米国や西ヨーロッパの人々がよく利用しているTwitterを、デジタル大臣は活用した。

しかも投稿では大手企業へタグ付けをすることで、ウクライナで起きている戦争犯罪についての反応を、素早く得ることに成功していた。

また彼らは何百万人ものフォロワーを持つ、インフルエンサー(Instagramの影響力のある人物)も採用した。

フェドロフ氏はイーロン・マスク氏に助けを求め、インターネットに多くのウクライナ人が接続できるようにした。

因みにこのターゲットオーディエンスへどう効果的にリーチするか?というデジタルマーケティングにおける基本的な課題は、どの企業でも直面する懸案事項です。未だに大手であっても失敗しているケースも見かけますが、31歳の彼は基本をよく理解していたようです。

敵の手の内を熟知したディフェンス

ロシア人はソーシャルメディアを操る達人という印象で、私たちは彼らが何をしているのか本当にわからないし、彼らの侵入により我々を操作するのをまず防げない。

ただ専門家やアナリストの分析で、ロシアはソーシャルメディアに関しては洗練されていないと言われており、彼らが実際に行っていることは、人々が何を信じるべきか、本当にわからないほど多くの情報で、ネットを氾濫させることらしい。

確かにこれについてはアメリカ大統領選挙でも、事例を山程見てきました。例えば「ヒラリークリントンは重病だ」とか、「BLMの活動家による警官への襲撃がまた起こった」の様に如何にもあり得そうなネタから、「投票しても結局何も変わらないから、自分は行かないけど君はどうする?」とネガティブな同調を誘い、意図的に投票率を下げる対話を仕掛けるなど、実に巧妙でした。

そしてウクライナはロシアと何年も戦争をしており、彼らの戦術には非常に精通していた為、ウクライナ人はそれを先取りすることができた。最も効果的な方法の1つは、これらの偽情報のストーリーが全く根付かないようにすることなのを知っていた。

例えばゼレンスキーが逃げたという噂が広まり始めたとき、彼らはすぐに彼をカメラに向け、キーウの街でスマホの日付も分かる撮影をし、逃げていない事を証明した。

別のケースでは戦争の初期に、ウクライナの兵士が武器を置いて、ロシアに降伏しているという噂がいずれ流れる事を事前に人々に警告し、ファクトチェックをするまでも無く、その噂を根付かせない様にした。

30万人のIT軍

彼が誇りにしているIT軍は、メッセージングアプリ(Telegram)の30万人ユーザー全員がそれに該当し、テクノロジー企業で働いていた人々やスタートアップ、サイバーセキュリティの専門家と、普通の市民で構成されており、彼らは基本的に与えられたターゲットのリストを、ひたすら追いかけている。

ただのハッキング/クラッキング攻撃だけの集団ではなく、本当に広範囲で働いており、例えば多くのボランティアを募集できるシステムを編成し、外国の戦闘機がウクライナに来るよう呼びかけることもしている。

また何が起こっているのかについて、完全な透明性と明確性の確保にも尽力している。なぜならウクライナ人が戦争自体について嘘をつくことで、(嘘だらけの)ロシアと似たレベルに看做されるのは、本当に恐怖でしかないから。

ゼレンスキーや他の大臣が出す、すべてのメッセージを精査するいくつかのチームも設立されており、発言が正確であること、文脈から外れたり、誤解される可能性のあるものがないかを常に確認している。なので彼らは定期的な戦争プロパガンダに従事することを続けており、それが再び抵抗とヒーローの物語を増幅している。

原文一部抜粋:
So that doesn't obviously stop them from engaging in regular war propaganda, which is amplifying tales of, again, resistance, heroism.

ここで彼女の発言「war propaganda」は、「戦争宣伝広告」的な意味合いだと予想しますが、このIT軍が通常の「war propaganda」に従事している事を、さらっと話していたのは興味深かったです。

私が冒頭で但し書きしたのも、正にそういうことです。もちろん実際には、より印象操作的な行為も含めてですが、もはやプロパガンダは周知の事実として扱うべき話と言えます。

またこのIT軍は、ウクライナ側に嘘があると、ロシア側がそれに乗じて誤った主張を被せて、ウクライナは嘘だらけだと間違って証明できてしまうような事態を、排除するのに尽力しているとの事です。

この話も、1度でも(ウクライナという)ブランドの信用が傷つけば、信頼を再び取り戻すのは困難を極めるという、企業がブランド・トラストを保護するマネージメントに真剣に取り組む必要があるという話と、完全にオーバーラップしました。

ロシア人へ直接リーチする試み

ロシア人に直接アピールすることは、これらの取り組みの非常に大きな部分を占めた。最大の取り組みの1つに、捕虜を特定するために開設されたWebサイトとTelegramチャネルがある。

ロシアでは敷かれている報道規制により、私たちと同じニュースを読んだり見たりしておらず、ウクライナの大虐殺を実際には見ていないが、Telegramはロシアでブロックされていない。

捕虜の(通常は若い)ロシア人のビデオや写真を投稿するだけのウェブサイトを立ち上げ、身元を明かしてもらい、彼らを愛する人達が見つけられるようにした。

母親、家族、友人達は、お互いにこれら写真を送り、「ああ、何てことだ。私の兄弟だ。」、「彼はウクライナで何をしているんだ?」という反応になるので、ロシア人と直接話すことは非常に効果的だった。

また彼らは別のTelegramチャネルで200人以上を募集し、必要なメッセージをブロードキャストするように調整した。

更にデジタル変革大臣は、トップや政府高官たちも、直接ロシア人へ語らせた。

「私は貴方がたの殆どが、この戦争を望んでいないことを知っています。」そして「恩赦によりロシアの兵士が投降すれば、金銭的補償を提供する」とも話した。しかもそれをロシア語で行われた。

ロシア政府が彼らに嘘を付いていることを伝えるのに、最善の策かもしれない。

更に携帯電話を使用している可能性のあるロシア軍に、テキストメッセージを送信し、降伏する方法を指示し、装備を持ってきた場合に金銭的インセンティブを提供する方法も拡散した。

若いロシア兵の多くが徴兵であり、彼らは自分たちがウクライナに行くとは思っていなかった。彼らは空腹で、寒さに震え、そこで何をしているのかも分からない。車は故障し続けて、ガスが不足していた。

IT軍は彼らに直接連絡を取り合い、「あなたが民間人を殺したくないことを理解しています。代替案を提供します。」というメッセージで訴えかけ、ウクライナの市民権を提供し、恩赦を提供し、彼らにお金を提供するための努力がなされてきた。

これが実際にどれほど効果的であるかは不明ながら、ロシア軍の士気の低さは、1つの事実。

Telegramなしでこの戦争全体は描けない

Telegram(テレグラム)とは:

インスタントメッセージアプリで、メッセージは暗号化されることでプライバシーを担保し、一定の時間が経つと消える機能もあるため秘匿性が高い。全てのファイルフォーマットを送受信可能。(Wikiより)

ツイッターやフェイスブックとは異なり、検閲がなくモデレートできない。すべての情報を一方向に吹き飛ばすメガホンのようなもの。

2人のロシア人兄弟によって設立された。彼らは別の非常に人気のあるロシアのソーシャルメディアネットワークを設立。検閲を許可することを完全に拒否し、最終的にロシアを離れなければならなかった。

大きなファイル、大きなビデオファイルをアップロードすることも可能で、人々はそれを使って戦争犯罪を記録し、近所で何が起こっているかを示している。

非常に長い間ISIS、シリアとイラクのイスラム国などテロリスト御用達のアプリでもあり、例えばパリとベルリンでの攻撃を計画するために使用された。

ロシアとウクライナで非常に人気があり、アナリスト曰く、ロシアがTelegramをシャットダウンしない主な理由は、政府がFacebook、Instagram、Twitterを制限したために、国民にメッセージを伝えるためにそれを必要としているから。

ただし誰でも何でも投稿できるので、下水場の様相で、一部のコンテンツを実際に抑制する方法は絶対にない。戦争でフィルタリングされていない視点を得る唯一の方法とも言える。

ロシア軍に奉仕している友人や家族を心配しているロシア家族は、彼らに関する情報を提供するこれらのチャネルを見つけるので、ウクライナのIT軍が、彼らと通信するための効果的な方法になっている。

ロシアでのTelegramのダウンロードが劇的に急増しているのは、人々が国営メディアの宣伝チャンネルのニュース以外のものを知りたくて飢えている証。

ウクライナの軍事作戦をもサポート

デジタル省が導入したシステムの中には、非常に革新的なものもあり、元はPRやカスタマーサービスのリクエストなどに通常使用される電報ボットだったが、誰かがロシア軍の動きや特定のターゲットへの攻撃を報告でき、それを軍隊にフィードバックすることもできる。

戦前に開発されたインフラとアプリのすべてが、このデジタル戦場に代わって武器化された。

ほとんどの市民が携帯電話を持っており、空襲警報が鳴っているときに、警告する通知を受け取ることができるし、爆弾シェルターの地図を見ることも、医薬品やWi-Fiをどこで見つけることができるかを知ることができた。

またスマホでいつでもパスポートやその他の書類にアクセスすることができ、移転資金を申請することもできる。(そのため自宅に戻れなくとも、国境も越えられた。)

ウクライナのデジタル省は、ハイテク企業のように運営されており、ロシアは相変わらず旧態依然のやり方で、ただ追いついていない。

補足:

冒頭でアメリカ発のメディア記事で、プロパガンダ要素のないものなど無い、という但し書きをしましたが、勿論、今回の記事も例外ではありません。自分の印象からすると、彼女がしきりに、「ウクライナ政府自身が嘘を付けば、それをロシアに追求されて信用を失うので、絶対にやらない」というデジタル大臣の主張を繰り返していましたが、これが所謂プロパガンダだろうなとは感じました。

「致命的に信用を失い得る」は確かな事実ですが、だからと言ってそれだけで、ウクライナ政府発の情報は全て真実だと、保障されている話ではないからです。

とはいえ、今回の彼女が語ったIT軍の話は、かなりの信憑性を感じました。というのも、デジタルマーケティングを本業としている立場で言わして貰えば、極めて常識的な動きに聞こえたのと、その内容で特別話を盛る意味もあまり無いからです。

停戦への道筋は?

ベトナム戦争が良いケーススタディにならないのだろうか?とずっと考えています。圧倒的な軍事力差があったにも関わらずアメリカが大苦戦したわけですが、敗戦に至る背景の主な理由は、国内反戦世論の増幅と兵士の士気低下でした。

今のロシアの状況も、少し似ていませんか?

なので一刻も早い停戦を望む自分としては、結局ロシア国内の世論形成に望みを繋げるしかないのかな?という思いをずっと持っていました。(例え可能性がどれだけ低かろうともです。)

ただ31歳の大臣が率いるIT軍のTelegramによるロシア国内へのアプローチなどは、正にその動きそのものなので、ウクライナも当然にロシア世論形成に向けて実践中だと分かり、少し感動しました。企業もそうですが、若く優秀な社員や幹部がいることは、それだけでも期待が持てるものです。

ともかくウクライナ国民の方々の犠牲が少しでも収まり、この悪夢のような状況から一刻も早く抜け出せる日が来ることを、切に願っています。

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